辿り着いた島国人の限界と可能性(1)

「隠された領域を拓く」 (クリエイティブ[アーツ]コア)を論じるセミナー開幕
5月26日(今度のセミナーは面白く!)と、6月22日(近々セミナーの再案内)でご案内したセミナーが開かれた。





先回り、過日のセミナーでの思い語りを少し・・・
担当として、内容をまとめる責任があるので、ここでは雑記録程度で進め、会(建築家協会港地域会)のホーム・ページに転用アップするまでに推敲を進める。ここでの記述も最終的には微妙に修正されるかもしれない(聴き取りの誤りなども)。
参加された同目黒地域会元代表の棚橋廣夫さんは、「議論が真面目なので驚いた」とのこと。 (ちなみに「隠された領域を拓く」は自著「クリエイティブ[アーツ]コア」の副題である)




「隠された領域を拓く」とは、多面性があり興味深いテーマということで、皆さんが色々の「領域」を提示してくれた。このテーマを含めて長らく研究されてきた湯本長伯先生が進行役とはもったいないが、難しいフレームをしっかりまとめて頂いた。最初と中段で「知」の位置と価値について、これまで議論されてきた実態に触れられた。
このセミナーで語られたことは、大きく分けて二層の話になると考えた方が判りやすいと思う。
表層としての「隠された領域」とは、自分たちの仕事を通して考えられた具体的な経験が教えることであり(経験知)、底層としてのそれは、そこから生まれた、より抽象的で本質的な認識とでも言うような領域である(認識知と呼ぼうか)。自著のストーリーも表層から入って底層に至ろうとするものである。
もちろん表層が「やわ」で底層が「深い」という意味ではない。両者は密接に繋がっていて、本来区分出来るようなものではない。
村上晶子さんは中世フランスのタペストリーが描く「五感」の図(一角獣と取り巻き)の上に更に「第六感」ともいうべき図がある(これぞ隠された領域か)ことを示し、AI時代でのその大切さを教えた。
田口知子さんは鳥獣戯画を例に、日本人は江戸時代以前には、ユーモアを理解し明るく陽気な町人文化があった。そこに現代日本に忘れられた「隠された領域」を感じ、その良いところを次の時代に、と言う。
宮田多津夫さんは、岡山から船で10分のところにある瀬戸内海の犬島にあった、明治に建設された銅の精錬所跡を観光地にした、現代アーティスト柳幸典や福武財団、地域の住民が具体的に独立自尊の精神を見せたとし、一般に、豊かさの中で日本人は本来持っているべき精神を見失っている(そこに隠された領域がある)のでは、とした。
その、より具体的な例として今井均さんは、皇居の新「宮殿」は国民のための行事を行う場だろうと、設計を事務業務としてしか捉えない発注元の宮内庁役人に公開質問状を出し受け入れられず、中途で辞退した吉村順三の勇気を称え、忘れられた建築家精神を訴えた。
一方、連(むらじ)健夫さんはイギリスでの留学経験から、建築家の「調整役」としての機能を理解し、確認申請の過程でも、建築主や地域住民との調整協議が出来るところに新しい設計やまちづくりの可能性を見出している。ここも隠された領域と捉えよう。


以上の皆さんの話は表層であったり、かなり底層であったりもするが、僕が語ろうとしたことは、以上の話に潜む底流である。
そのことは後段に譲る。(ここまでのパネラーは全員同地域会会員。 ここで語られたことと同時にパワーポイント画像が一人2〜3枚提示された。その画像は個人コメントと共に、近々、同地域会のホームページに掲載される)







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