イタリアの友からの通信を紹介

【情報】


イタリアの友からの通信を紹介。


深澤さんは、僕がミラノに在住していたころからの建築・インテリアを業とする友人で、時々、メールを呉れます。今回のメールは、彼我(イタリアと日本)の政治・経済情勢合わせて考えるのにもなかなか面白いので、彼の許可を得て、部分修正の上、転載させてもらうことにしました。

観光でしかイタリア、その他の国を知らない日本人には、在住者がどんな気持ちの状態にあるかを知る貴重なニュースと言えましょう。
もっとも、都市生活者で、地元の新聞、テレビ情報を熟知している上でのコメントで、当地でも、人の事などとんと気にせず、「こんなもんだ」、「我関せず」と、勝手な生活と行動で楽しんでいる(?)イタリア人も多いはずです。言いかえると、今さら何も変えられないとあきらめて、日常の楽しみだけに関わっている人たちが圧倒的だということでしょうか。
よく世界を知った後の帰国日本人が、「やっぱり、それでも日本はいい国だよ。もっと大切にしなければ」と言っている場合も少なくないのですが、そんな気持ちにもさせてくれる辛辣なメールです。



大倉さんへ

お元気でしょうか。深澤です。
今年の日本の夏は大変暑いそうですね。
こちらミラノは8月に入りやや涼しくなりすごしやすいです。
不況不況と言いましても、かなりの人々が休暇に出かけます。
ただ例年に比べ短くなったそうで、旅行代理店の友達によりますと、イタリアのリゾ−ト地ホテルの混み具合は例年の40%マイナスとのことで今年の景気が察せられます。

イタリアの政治はあいも変わらず政党間のごたごた、まるで泥の投げあいです。
相変わらず「言葉の投げあい」が果てし無く続きます。
与党は、「この社会に裁判が多すぎるので、ある年、ある期間を過ぎたものは時効にしよう」と審議案を提出(当然、首相の裁判も含まれるわけです。自分の問題から逃げる為が見え見え)。
それと「フェデラリズモ・フィスカ−レ(地方自治体が住民の税金を自主的に使うシステム)」も出されています(レ−ガ・ノルドと云う与党の1つの昔からのスロ−ガン)。
この2つが今の国会審議の要素です。
この与党から分離したグル−プの主張も出て、混乱を極めています。
多くの人々の経済を助ける不況対策は出て来ません。

ある意味では、社会状況は緊迫しています。9月はあちこちで火を噴くでしょう。
失業者問題、移民問題です。
私の住んで居るゾ−ンは比較的落ち着いた住居地域ですが、金曜日の夜10時半ごろ、あるアフリカ人(近くの病院で治療を受けていたそうです。コカインが原因でないかとの事)が駐車している通りの車に、片っ端しから金物で20台ほど車の窓ガラス前後左右割り、人々の非難も何のその。黙々と彼の仕事を進め、パトカ−の警官に4人かかりで取り押さえられました。
パトカ−8-9台、救急車1台。こんなことはこの地域で初めてです。私の車は少し他の場所にあって難を逃れました。
ミラノの南のある地域は住民25%が移民で、移民同士のケンカが絶えず、常に警察沙汰になっています。
どうも時代が異様な様相を呈してきたようです。移民の絶望の声が聞こえるようです。

大倉さんのデザインエッセイ、時々読ませて頂きます。

ロ−マ人・・云々、だけどロ−マ帝国を作りルネッサンス文化を発信したこの賢いイタリア人のイタリアがどうしょうもなく社会が機能しなくなっているわけです。

大倉さんの言う「ガラパゴス化」、設計料値切りは日本だけの問題でないでしょう。イタリアでも・・そもそも設計を依頼されることがなくなりつつある。簡単なものは、皆自分でやる人が多いのでないか。
現代はコンピュ−タを使った産業革命の時代ですね。200年前も多くの職業人が淘汰されました。今それが進行しているかも知れません。プロジェクトをするにあたり基本的な考えることは何も変わりませんが、それを表現する道具が変わりましたね。

ところで、日本のホテルのトイレの紙があそこまで薄く柔らかになるのは、やりすぎ。これはガラパゴス化だと思いますが(笑)・・・・・・

深澤正篤
fukazawamasa@gmail.com
www.studiofukazawa.com



(大倉補記)
ちなみに、僕の居たころにも、10年いて1度だけですが、一通の直線自宅裏通り100m位に片側車線でびっしり止めてあった車のフロントが全部割られていることがありました(住宅地の既存アパート街は一般に駐車場が満杯の場合が多く、ほとんど道路上に駐車します)。
この時もあっけに取られるというか、無責任な言い方でよければ、むしろ壮観でした。この国ではこんなことがありうるのですね。
一端、起ると犯罪のレベルは気ちがい的な場合があります。これで、警察(政治または行政)を当てに出来ない住民が保険会社のせいにして、会社が傾いたりしているようです。
当時はミラノは移民問題というより、住宅問題が大きいようでした。