「エアフォース・ワン」と「瞳の奥の秘密」

【情報】(あまり、建物を建てようとされている方々向きの内容ではありません)


アクション映画と内面映画――気分転換に


―「エアフォース・ワン」と「瞳の奥の秘密」の落差―


過日、夜中のTVで「エアフォース・ワン」をやっていた。
ハリソン・フォードが大統領役をやるこの映画はもちろんとっくに見ていて、気にも留めず、このため途中からだが、見ているうちに緊迫感が持続していてやめられなくなり、とうとう最後まで。
ふーん、これが本当のアメリカ映画だな、と再確認。
何しろ大統領専用機の中での機関銃の撃ちあい。不死身の装備とは言え、常軌を逸している。


なぜこれを出したかというと、たぶんその日の前後に「瞳の奥の秘密」というアルゼンチン映画を見たからだ。だから何も「エアフォース・ワン」でなくてもよかったのかも知れない。まったく、その通りだろう。
で、その落差たるや、驚くべし、だ。


瞳の奥の秘密」は、本年度アカデミー賞、最優秀外国語映画賞を受賞し、前年(2009年)から、地元アルゼンチンはもとより、ハバナトロント、スペイン、メキシコなどの映画祭で軒並みに受賞してきた「つわもの」で、何があっても見ておかないと話にならない、という映画なのだ。


内容はとても複雑。楽しむつもりで見ているとはぐらかされるような内容だ。
ストーリーを説明していると大変なことになるので、「エアフォース・ワン」との比較になる部分についてだけ述べよう。
この映画のパンフレットで映評論家画の渡辺祥子さんは、こう言っている。


「見終わったときただ呆然としながら思った、うーん、やはり国土の広い国は違う!日本の7倍以上の面積があるそうだから…。(中略)…ただ呆然とさせられた事件の非情な結末も凄いが、なによりも心に残ったのは、この映画の登場人物たちが持つ感情の激しさと、その激しさを抑える力の強さだ。そして端正な映像を駆使して丁寧に編み上げられた文学の香りがする世界。…」


人の言葉を連ねていても、自分のものにはならない。
だが、この映画を、国土の広さのイメージで把握したのは実に面白い。
聞きなれないスペイン語、じれったいような茫漠さと薄暗がり。これだけでも見慣れた米、欧映画とまた違う。
中世、近世がそのまま現代に流れ込んで来てしまったような裁判所の陰気な建物が引きずってゆく、過去に生きる人間の姿。
画面全体に、かすかにパンパミーア(大草原)をさまよう羊や牛、あるいは麦わらのにおいが立ちこめているような…、そういう映画だ。
で根底のテーマは、定年になり、やることもなくなった男の、成しえないと見える愛の物語。それも、渡辺祥子さんもうなっているように、情熱一筋のラテン男と思いきや、実にストイックで行動の遅い男(元警部だがリバイバル)と、勝ち気だが聡明な上司の女とのあまりに長く待ち過ぎた愛の組み合わせ。
表面は殺人犯を追うこの警部の25年間の物語。だから不安定な政権のもとでの裁判の腐敗も語られてゆく。ただしこの男女は主役ではあるが、「感情の激しさ」を証明するストーリーは別にも用意されている。愛する新婚の妻を殺された男の人生だ。


やっぱり、傑出した映画評をひとつ出そう。
「映画というものにまだ魔法の力があると信じていた頃への価値ある回帰」(Variety誌)


これは、単純明快な国家への忠誠、涙の家族愛、手に汗を握る大空のアクション大巨編、正義は必ず勝つ、といったアメリカンな「エアフォース・ワン」などとはまったく異質の、人間の内面の深い、深いところをを描いたものだ。
もちろん、どっちがいいなどとは言えないが。