居場所で変わる微妙な感覚

とても不思議。

この10日ほど軽井沢にいたが、新聞も取らず、従ってテレビ番組も知らず、清々しい自然と自分に向い合って過ごした。その間、「一瞥デザイン史」というタイトルの、自分なりのデザイン紹介ミニ空間を考えていたが、とても充実していた。

所が、東京に戻ったら、この熱風と、どんどん来る郵便物、取り乱したままの事務所を控えた生活で、なんだかつまらない日常に戻ってしまったようだ。

何となくテレビを見てしまったり、身の周りの資料や器物に囲まれたパターン化した生活は、ある意味で、真の新しい感覚の展開を阻害しているようだ。こんなことを「不思議だ」と言っている鈍感さが問題だが、身を引き締めて周囲の状況を整理していかねばならない、と感じる今日の日だ。