ちょっと戻っても、同じ考えに

自分史、と言ってもかなり公的事態を軸にした記録を作成しているが、この半年、コロナ禍で身動きが取れないのに合わせるように、思考も停滞しているようだ。

しかし、よく考えると、考え方が定着し始め、今後やるべきことがより鮮明になってきた、という見方も出来そうだ。

そこで3月27日の個人史記録にあった記述が、微修正でそのまま、今を伝えているようなので転載することにした。

 

3月27日:事務所整理。2013/6~16/3までのプリント写真が出てきて、あまりの時間経過の速さに改めて驚き、考えさせられる。僕にはデジタル・データよりプリントかも。

この間の約3年間に一山あった。後で気が付くと、意識に底辺で気遣っていた義母の死を頂点に家内の実家との縁が完全に切れた。また、3年目の終りに「クリエイティブ〔アーツ〕コア」を出して、これも一山越えか。

すると2017~19までの3年間は何だったのか。静観と転換努力への3年だったようにも思える。大京町の家(家内の実家宅)の売却と小田原の親の家の売却。それに孫の誕生。自分史に関わる感傷的な日々だったような気もする。

対社会的に何も成果が上がっていないようだが、よく考えれば、表面的な時々の話題や知名度が問題なのではなく、長い歴史の中でのアンガージュマン(歴史への関りと自己拘束)こそが大切なのだ、と改めて自負している。その際に、出来るだけ「関わる作品」が必要だろうということは判っている。

100年前の「スペイン風邪」が話題になっている。自分にとっても何かの転換期への指針のようだ(1918年の記録参照)。

「ちょっと戻っても、同じ考えに」ということは、この記事は過日のブログにすでに部分転用されているのかも。ということなら相当、ボケている。

 

(付記:かって何度か記載しましたが、別にFumiookura’s Blog )もあります.。検索して頂ければ幸いです)