文章力の無さの苦痛

【日記】


ブログ空きの言いわけ


驚くことだが、ちょっと休んだつもりが16日間も書いてないことになった。
我々の仕事は文章を書くことが本業ではないために、出版用と称して毎日すこしでも文章をいじることは並大抵の努力ではない。
こうして、毎日原稿いじりしていると、ブログも数日休んだだけという印象になる。やっぱり本当に文章を書くのが好きなのではないんだな。


別の言い方をすると、そうである以上、無駄な文章を書いている余裕なんてないじゃないか、ということになる。無駄とは言い過ぎかも知れないが、何らかの「全体構想」の中で書くのならいいが、単なる日記みたいなものじゃ、後は消え去るのみ。だったら書かないほうがいいということになる。


ある目的で文章を書いてみて、つくづく何が言いたいのか判って無くて、書き始めている場合が圧倒的に多いということがわかった。つまり、言いたいことはあるにせよ、書いてみなければわからないじゃないかというスタンスで始まるのだ。建築家やデザイナーの多くは、こうなのではないか。それは普段から言葉を使って思考せず、常にイメージで考えているからだ。
すると、流れてゆく。そして書いたことには「文章として」おかしいところ、何が言いたいのかやっぱり判らないことで立ち止まる。結果的に無駄と言っている日記と同じようなことになる。これの繰り返しだ。
僕には散文のようなものしか書けないのかもしれない。悩む毎日だ。