@個人、自己表現、協働事業、日本の未来

【日記】



年末総括と新年度に向けて


毎年、同じような事を言い始めているんじゃないだろうかと気になり、この三年間の年末年始の記事を読み返してみる。
やはり言っている。

政変のことや事務的なことは別にして、自己の行動と内面に関わることでは以下がそうだった
マルチデザインの得失 :(2009)2月24日(1月はパソコン不良で休み)
「個が輝く年」元年へ :(2008)1月2日 
個人の尊重について    :(2008)1月15日
具体化のための錯綜する思考の整理に悩む新年の幕明け: (2007)1月3日 


一昨年の12月29日の年末所感、つまり昨年の始まりを前にして、次のようなことを言っている。


「問題はもう判っている。
求める日本の未来の姿も自分には分かっているつもりだ。
問題を整理して、実行の方法を見つけ出す、どころか、もうその方法に従って行動すべき時だ。


今年は、いや今年も、そして今年は特に、身の回りに想起した諸事件やいざこざ、あるいは過程のための過程参加に振り回され、他方では、生きるために儲からなくても稼がねばならない現実に振り回された。
この年になって、少しは気楽になれたかって?
とんでもない。ますます心理的に忙しい。
それは人生の残り時間計算が心理的に圧迫してくるからなのかも知れない。


ともかくも来年は、何らかのかたちが見えるように、整理し、実践しよう。」


結局、1年たっても同じことを言うはめになっている。少しは全体を掘り下げることにはなったのだろうが。
ここで重要なのは、最後の一句だ。この一句が2010年になっても生きている。


確か「誠に小さい国が」というイントロで始まる、最近オンエアされ始めたNHKドラマ「坂の上の雲」を,この時代の背景を写し出すものとして例にしてもよいが、今度の政権交代はある意味で、明治の開国、第2次大戦敗北後の「開国」に続いて、第3の「開国」に値するのかも知れないという気がしている。日本は今、ある峠を越えつつあると思う。それだけに、己(おのれ)の職業を歴史にジャスト・ミートさせる仕事だけが残っているという実感と使命感はある。


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「ブログ」とは日記のことらしいですが、今後書くことは、そんなことがあるかどうか、まったく新しことは別にして、同じことの繰り返しになるような論と、その日が過ぎれば永遠に消え去るような日々の思い、つまり日記とを、それぞれ違ったやり方で整理してゆきたいと思います。


すでにある程度は整理して書いていることですが、繰り返しになりそうな論は、もし、同じようなことを言っている内容になったり、なりそうだったら、その過去ブログを参照に出すか、過去ブログに戻ってその記述を膨らますかしようと思っています。そういう意味で、それは日記の扱いでなく、論考の積み上げとしてゆくつもりです。
【日記】としてヘッダーがあるところは、以上のことにお構いなく、日常の溜息でよいと思います。
【住まいの話】は引き続き、HPが思い通りのリニューアルになるまでの、場つなぎ建築設計談義とします。



私事で続けますが、今年の建築・デザインにおけ収穫は、何と言ってもJIA(日本建築家協会)における、「新創業デザインへ」というテーマの3回のデザイン討論会でした。

7月3日 :古市徹雄、浅井治彦           近隣分野とのコラボレーション      
9月25日:芦原太郎、南條洋雄、堀内智樹   コラボの真髄から収益活動へ
12月4日:池田靖史、甲斐徹郎           建築家はデザインを受け持つ―建築家、ID職能を分業化する―


以上の諸氏をお呼びして行った討論会の総括はまだ出来ていません。

要するに上記の、昨年の年度頭のブログから見えてくる、「個人、自己表現、協働事業、日本の未来」といったキーワードに込められた自分の思いを、何とか他の人の意見を探りだしつつ具体化したいということに他なりません。
そこで、個人から出発しているとして


・・・・・・・・・・・(後述)・・・・・・・・・・



設計業以外の事業について、他に主なことは、
講演会を開催し、自分の仕事と考えを紹介した。(JIAデザイン部会事業)
資生堂名誉会長福原義春様をお招きした。(NPO法人日本デザイン協会事業)
「イタリアと日本―何が見える」という連続セミナーを開催した(港区シルバー人材センター事業)


総括するにはいろいろありますが、時間が無く、ゆっくりまとめていられず、止む無く新年に繰り越します。

皆様、よいお年をお迎えください。