@日本人の美意識の変化あれこれを

*―現世の権益とロード・マップにしがみついて―


日本人の美意識の変化あれこれを昼飯を食いながら


一昨日、さる大きな協会の審査会会合の昼食時での雑談から。

日本人が承知している美意識に、なんでもかんでも寄せ集めて並べたてるのでなく、選り選ったものをポンと置き、それに宇宙を代弁させる、というのがある。いわば「捨てる美学」。
そのエッセンスが茶室だが、こと人の生死についてはどうだ。
われわれは何も捨てていないのではないか。どこまでも際限の無い金銭欲、名誉欲、支配欲、そして死を忘れた驕り。最近の多くの日本人はこれらにしがみついて狂奔していないか。
「捨てる美学」は何処に行っちゃったのか、という話題があった。


昼飯時の話題にしては奥が深いが、両サイドが、さる大学の副学長と芸術大学教授ということであれば、これもあり得よう。しかも、以前の食事会の時にも同じような議論をしていた。ただし、こういう場だから、議論が深耕されたというわけでもないけれど。


「ヨーロッパの文化の装飾過剰を見ていると、気持ちが悪くなります。これほど執念深いとは、と思う。ところが、彼らなら、『人は裸で死んで行く』という事実への自覚は深いのだろう」と副学長。
しかし日本では、明治になってこの「捨てる美学」を捨てた。判りにくければ忘れたと言ってもよいが、こうして皆が功利主義、即物主義、成功主義、現実主義に走った。
「捨てる美学」はいわば武士道に通じている。足りるを知る心意気である。この美学が個人の行動規範にまで及び、社会を律していたと、僕。
この点、ヨーロッパの規範は神との約束という形で個人を律することによって、社会を規制していたと考えられる点が違う、と思われるが、結果として、神を信じることによって死(=生)と真っ向から向かい合うことで、「捨てる美学」に通じて今に生きているのだろう。ヨーロッパ人でもないし、キリスト教徒でもないので、推測しか出来ないが・・・。
明治以降の日本人は、戦時中、特に戦場に向かう兵士は別にして、死の重みを正視することを怠り、もしかしたら、生そのものも忘れはじめている、と言えるのかも知れない・・・。
結局、われわれは生と死から想起される個人主義を育てなかったんだろう、と改めて思った。


話はいつの間にか流れて行き、「捨てる美学」から、残し「拾う美学」へ向かう。ここにも、日本人が拾ってきたものでも、最近は変なフィルターを掛けていると言う話となる。


「『鎮守の森』というのは、今では周りは生成衰退しても、残し拾われて守られて行く、いわばバッファーゾーン(緩衝地帯)の役をやっているんですね。ここには『中庸の美意識』といえるものがある」と教授。
「それを確保しようとすると、裏金になる」と副学長。(笑)
確かに子々孫々が中庸を歩む意味が、今の日本ではカネと結びついて商人文化となっている。
「中庸の美意識」も日本のものだが、中庸を保つことが難しくなっている。最近では、欧米づいて公と私を分け過ぎていないか。
「最近話したフランスの先生も、イエス、ノーに区別するのは嘘っぱちだと思うようになった、と言っていましたよ。このごろの日本とは反対ですね」と、また副学長。
(うーん、もの事を正負、01《ゼロイチ》に分解してデータ化して説明しようとする。そうすると誰も疑わない・・・確か一体に日本人は、科学的デジタル化傾向に無防備過ぎるなア、と自答する)
「それだから、最近の工学系が夢やメッセージ性が無さ過ぎるんです。
最近、ある組織を立ち上げるについて、役人から、『ロード・マップ(進行計画表)を提出して下さい』、と言われたんですけれどね。これはおかしいと反論しましてね。新しい研究の成果を計るのに、何処にたどり着くかわからないのが当たり前じゃないかと」
副学長はこう述べて、幕の内弁当の蓋をした。


お茶で上がるころ、今度は教授が、ちょっと別のことを言い出した。
「エアコンなどを見ればわかるが、最近のインテリアでも、モノが無くなって行き、壁に吸収され始めているけれど、社会を見ていると、全てが三次元から二次元に降りてきているような印象です。モノの実体が把握出来なくなって来ているんじゃないだろうか。そこに技術主義偏重もあって、例えば画像が「高精細なので感動する」なんて主張がまかり取っている。これはおかしいんじゃないか」


ここでは空間デザイン問題と美学の問題が一緒に語られてはいる。
でも、われわれが後生大事に「捨てる美学」とは言っていても、今となっては何かの価値だけは残す、という高尚な考え方のことではなく、大事なものを全部捨てちゃい、その分、あらゆる現世の権益とロード・マップにしがみつく事になった、ということは事実のようだ。
メモをまとめてストーリーらしくすると、こんなことになった。
会食中とは言え、難しい話をしていたものである。