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宮間が別れた前妻との間では、事あるごとに考え方や感じ方の食い違いが目立っていた。


きのう、風呂に入る時に、宮間はふと思い出した。
かって、浴室出口の床マットが湿っていたり濡れていると、デッキ板貼りの床の継ぎ目から水がしみこみ早く腐るので、裏防水のあるマットを買ったつもりだったが、やはり湿ったということを。そこで、マットを早めに移動するようにと言うことが度々あった。そんな一コマを思い出したのだ。

ある夜も、妻と入れ替わりで入浴しようとすると、マットが湿っている。持ち上げると案の定、床が濡れていた。
「言っただろう。出たらすぐマットを移動させろって」
「一人出たぐらいでどうということ無いでしょ」
「だから嫌なんだ。床が腐るからやめろって言っているじゃないか」
突然、妻が怒り出した。
「あなたがこのマットでいいというから使っているんじゃない。何よ、そんなことしか気がつかないで。もっとやることがあるでしょ」
「これは気持ちの問題なんだ。君だって嫌な事があるだろう」

こんなくだらない問答で、時々ぶつかっていた。一方、急ぐ時の朝の台所でのパンの立ち食いについて、焼いたパンのカスがカウンターの隙間に入るから、ここで食べるなとか、あるいはパンをかじりながら動き回るな、とうるさいのは妻の美佐江だった。
今、思えばこんな会話で言い争っていたうちが華だったんだなぁ、と宮間はふっと悲しくなった。

建築家って、どうしても細かいところがあるんだ。床をシートにすればそんな問題は無いんだけれど、どうしても木床の暖かさが欲しかった、裸足なんだし。だから…と、宮間は改めて自分に言い聞かせていた自分も思い出した。
一時が万事、価値観の違いが露呈して20年あまり、互いによく我慢してきたものだ。しまいにはどちらも、ののしることも無くなってしまった。

この思い出しは、次に引き継がれてゆく。
宮間は、こういうこだわりが大切なんだと思ってきたが、それが発想の邪魔になってきたのではないか、と不安に駆られたのだ。洗面室の床を木にしておくだけで何かレトロな感じもするのだ。あるいは常識過ぎるということか。
それより、俺はなんでこんな細かいことが気になるんだろう、という気持ち。これでは都市計画なんか出来るわけが無い。

でもそんな発想に向かってゆく自分のこと自体を、美佐江は嫌っていたのだろう。よく言っていた。「あなたは本当に自分のことしか考えていないのね。私なんかどうなってもいいんでしょう!」
それは常に宮間を傷つけた。そんなはずは無いと思っていたからだ。ただ、自分の考えが常にモノや空間の方に、つまり物質空間の方に向かっていた。そこには美佐江の気持ちなどを按配する気持ちが欠けていた、といえるのかも知れない、とは気づいていた。
でも、どうしてこういう俺の心の在りようも受け入れてくれなかったのか、という気持ちも無くならなかった。