S8    T1:BIMを考慮に入れること

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そもそも、美佐江と離婚したのは、かなり抽象的な問題によってだった。
美佐江は、男は外に行って稼いでくるものだと思っていたはずだ。しかも、仕事というのは規定のことであって、ぼやぼや考えているようなものではない、と信じているらしかった。
宮間にとって、仕事とは難渋の中から見つけ出すようなもので、規定のことではなかった。そこが南と符牒が合ったところでもあった。
規定のことというのは、銀行員は銀行員らしく、営業は営業らしく、技術者は技術者らしく、決められた時間を守って、会社に行って働くような世界のことだ。
そんなに人間が決められるのかよ、と宮間は考えていた。
特に、就職して会社員になるということが当然であるかのように考えている周辺の人間を見ていると、いったい自己の問題はどうなっているんだよ、と暗澹たる気持ちになるのだった。
考えてみると、規定の仕事では、創業の苦しみはない。特に今のように混沌としている時代では、考えていても問題が大きくなりすぎ終始がつかないことが多すぎる。行政はこういう未分化の業務は無いことにするのだろう。


こんなことで外でぶつかって来て、家の中でもこれじゃあ逃げ場所が無い。
どうしても理解できないらしい美佐江は、それなりに強情だった。






T1 BIMを考慮に入れること


BIM(Building Information Model)のことが気に掛かる。

これまでのCADは図面書きの代役、効率化から始まって、構造計算上の必要性、設備設計の必要性、積算都合の優位、確認申請の合目的性などに展開してきたが、よく考えると、これらのソフトを全部、設計ツールとしてまとめてしまうと、意匠設計の段階から全部が一斉に動き出す、という情景が想定される。
つまり、意匠プランが立ち上がるにつれて、構造も主要設備も積算と共に、同時進行で立ち上がってくるというものだ。たとえば、曲面ファサードを考えてフラットガラスで面割りしてゆくとき、ガラス面の形状、種類、枚数などが、デザインチェンジにより刻一刻と変化し、その都度、積算データとして現れて来るという想定だ。
これをBIMと言うのだそうだが、そうなると大変便利、というようなものではない。建築設計業務そのものが根本から問われることになるだろう。
すでに、工場生産材は規格化された部材だけでしか出来ないという時代ではない。図面データさえ読み込んでおけば、工作機械は多品種、少量生産も可能だ。

ここで考えられるのは3つのことだ。
一つは、このソフトの使用価値を決める技術のアップ・グレードの時間的キャッチ・アップ問題。
次はコストのことで、当然、当面アトリエ事務所などでは導入できるものではないだろうということ。そうなると、これを入れられるゼネコンや大手設計事務所の寡占化がまた一段と大きくなりそう。実際、このような業務を日ごろからしていて、何とか連結させたいと考えているのがゼネコンであり大手設計事務所であろうから、修練上りイコール彼らのものとなるということだろう。
そうなると3番目に、意匠設計の意味が大きくなる分、それだけ分断して独立業務になるか、という問題である。

実際、30万人いるという一級建築士のうちでも、実際業務をしていると推定する10万人くらいは、BIMなど使えなくて外注するしかないと思われるが、国土交通省は意図的に意匠を分岐して、中小設計事務所が生きれるようにするのにBIM外注システムを確立すべきではないか。国がBIMセンターを創るのだ。何もこういうことに,レトロとなった資本の論理を入れることは無い。中小事業者の救済こそ考えるべきだろう。

それにはまず、意匠が、設計の中でもコンセプチュアルで文化的な価値を持つものとして、技術とは別な価値だと認めることが必要だ。今の行政にこんなことが出来るのだろうか。