竹原あき子著「石の夢」

発行:合同フォレスト           ●追記あり
発売:合同出版
1600円+税
多数の各ページ写真はオールカラー



パリへは何度、行っただろう。4,5回だろうか。
それでもサンルイ島に行ったことはない。
知っている人も多いと思うが、セーヌ川の中州にあるシテ島と並んでいる島だ。シテ島にはノートルダム寺院があったりしてよく知られているが、サンルイ島の方はあまり知られていない。


この島に住んでいる友達がいた、とはつい最近知ったことだ。
何と、20年余りも会ったことが無かった竹原あき子さん。工業デザイナーとして付き合っていた時代から後は行方知らずだった。もっとも最近になって自著の案内とか頂いていたが、僕が足元の工業デザインに辟易していて、関係雑誌などを読まなくなっていることも関係していそうだ。
それが縁あって、彼女がおしゃべりをするという予定を知り、ちょうど日程も空いていたので今回の出会いが実現した。
全然、変わっていない。あのころの竹原さんのまま。
一つ大きな認識不足が、パリはサンルイ島に住んでいるということだった。
で、彼女から本を送って頂いた。それが「石の夢」―パリ、サンルイ島ーだった。


内容は、よくここまで観察したね、と言える「不思議の島」の全容だ。サンルイ島に住んで10年位らしく、他のパリ地域での居住を合わせると50年にはなるという。
彼女のパリへの想いが、人生の多くの想い出に編み込まれている以上、これはただ事ではない。
それが「石の夢」にも託されているのが判る。何と云おうか、1、2年住んでみた観光記のようなものではない。そこには深い都市観察がある。特にサンルイ島はパリジャンにとっても特別の島のようだ。
一読をお勧めする。
(時間があれば追記する)


追記を始める。(29日)
個人的な印象と限定したいが、「石の夢」とした理由が痛いほどよく判る、と言いたい。そこには日本的なものが隔絶していて、強烈な孤独の壁がある。もっともヨーロッパ人にとっては当然の事なのだろうが。その事は僕自身あちこちで書いてきたが、本書でも、聴き取っている店主の口からたまに出る「岸恵子も時々、来るよ」と言う話で思い出す事もある(本ブログ2007年2月6日参照)。
僕は石の壁の強烈さは日本人には、本質的には判らないと思っている(ミラノで住んでいたのはレンガとモルタル壁RC構造の普通のアパートだった)。竹原さんはそこをどう乗り越えたのだろうか。

知らない事はたくさんあるが、その一つがサンルイ島が移民の島だということだった。

 
なんと、「1866年の調査ですでにパリの人口の36パーセントがパリ生まれではなかった。…国外からの移民も多かったに違いないが、フランスの田舎、ブルターニュやオーベルニュなどからパリに仕事を探しにきて定着した人々の多くもパリ市民になった。国境を越えていないが、彼らも移民だ」と竹原さん。するとパリは無国籍風に変わって行くと思いきや、変わらないという。「異国の文化をフランス風に、パリ風に消化するからだ」という。
その背景もある。「ローマ帝国が支配したところにはヨーロッパ的なものがある。ローマ化され、キリスト教化され、精神においてはギリシャ人の規律に服したあらゆる人種とあらゆる土地は、完全にヨーロッパ的である」(ポール・ヴァレリー著「ヨーロッパ人」)を引用して、彼女はこれを、「ヨーロッパとは何かではなく、ヨーロッパ的なものはどこから生まれたのかを語る言葉で、サンルイという特殊な島が見えた気分になった」と言っている(フランスだけが最後までギリシャEU加盟の必要性にこだわった理由もここにある、と)。(24p)
もっとも、「移民が多いのにパリが常にパリであり続ける不思議」については、「パリ人よりパリ人であろうと努力するのが移民だ」という回答を引き出している。(108p)この頂点にあったし、今もあるのが、サンルイ島の移民住民らしい。
彼らは地階(1階)で商店を開業していて、現在は上層階へ上がるのにエレベーターが無い事や、多分設備上の問題で空室が多くなり、それをアメリカ人などが別荘として買っているケースが多いらしく、それが人口減少をもたらし、島内に華やいだ雰囲気は無いという。
19世紀にも、フランス革命後に貴族階級が逃げ出した後を買ったワイン商人たちが、もっと大きな舘ができる敷地、サンジェルマンに越したために寂れていった歴史を持つ。この頃、ボードレールが著名な「ローザン館」に2年間住み「悪の華」を書き、リルケワーグナーもここに滞在していた(160p)。ほかに数々の著名人、あるいは無名でも後で知られるようになった文化人や政治家が住んだり滞在したりしてきた様だ。要するにサンルイ島は、パリの、というよりは、フランスの臍の緒のような所なのだろう。その事が実感として伝わってくる。
10年掛けて知ったサンルイ島での商店などの人脈から得た情報が執筆のきっかけだった。
それでも景観についての既述はなおメインで、「都市の景観とは、誰かが理想を描き金と権力でつくり上げるが、それを評価し愛し、なお美しさを持続するのは住民であることも学んだ」日々だったという。
竹原さんが工業デザイナーと称しながら、都市景観や都市の歴史や社会学的なことなども取込んでいる視野の広さが嬉しい。建築家向きの本である.


 
それにしても、過日のパリのIS事件が帰国のほんのしばらく後だったのか、前だったのか、懇親会で他のグループと話していた時の情報なので聞きもらした。サンルイ島とも数分のところだとか。このことに関する我々の知らないメディア情報もたくさん語ってくれた。