デザインという言葉

【日記】(明らかに、建物を建てようとされている方々向きの内容ではありません)


タイトル用語の検討


まぎれもなく自分が、「ある種の」デザイナーであることは認めるが、これも「ある種の」予感としてだが、「デザイン」という言葉の持つ問題を未整理のまま引きずって来ていること、それを承知のまま無制限に、しかも勝手に使っているという現実が、このままでは済まなくなるだろうということを感じている。

そこで、論を立て、何か言おうとする時に、キー・タイトルとして、あれでもか、これでもかといろいろ思い浮かべる。
そこにはおのずと個人的な思いが組み込まれている。
その令を挙げてみると…

デザインの崩壊
デザインという言葉を語らないでデザインを語る
デザインという言葉を語らないで日本の産業と文化の未来を語る
デザインの再生
デザインの崩壊と再生
先取国としてのデザイン擁護
デザインの再構築
デザインに何を任せられるのか
デザインの自己肥大を戒める
デザインと言えない建築家
デザインの真実―表層と内実
デザインの救済


これらは当事者レベルの問題意識が多く、一般人には関心なさそうだ。
しかし、一般人が改めてデザインを知ろうなどとするだろうか。
あえて一般人向きのキー・タイトルを探してみると…


21世紀アートとしてのデザイン
デザインとアート
デザインとアートの境界
デザインとアート―その狭間で
デザインとアートと科学技術
デザインとアートと科学技術―その狭間で
デザインに何が出来るか


どういう結論に持っていくか、考えて書き始めているのではない。
茫漠として思い至ったことを、パッチワークでもいいから繋ぎ止めておきたい、というかすかな願望が書かせているのだ。