ブラジル 未知の国  Brasil,country of unk

【情報】(記憶をたどって、少しでも分け入りたい―追記の旅)●●5月15日●●●5月22日 ●●●●6月13日  ●●●●●6月19日 ●●●●●●6月24日




ブラジルってどんな国?


それは物理的に遠い、遠い国だった。
成田からヒューストンまで13時間あまり、ついで乗り換えてリオデジャネイロまでが10時間あまり。乗継の待ち時間が5時間くらいあり,優に一日を超える。しかも片道だ。こちらはもう若くはない。時間的にも何でもないとはとても言えない長さに感ずる。


そこに何があるのかって、そこにはブラジルがあり、サンバがあり、カーニバルがある。コパカバーナの海岸もあり、キリスト像が手を広げているコルコバードの丘もある。それらは実際に在った (何という変な言い方。しかし、そう言っておきたいのだ)。


今思うと、これらの存在は当たり前だが確固としてあり、そこにはひとが動めき、これも当たり前だが朝も夜もある。何が、どこが違うのか。それらは長時間のフライトの割にはさっぱりわからないような印象になる。
でも今思うと、それらは確然として我々のものとは違い、はるかに手の届かないところにあるようだ。


実感できることを何とか一言で言うと、日本人よりはるかに人間臭いということだろうか。
全体にじっとりと汗ばむように体臭さえ伝わってきそうな人間臭の集団のイメージだ。
それが悪いというのではなく、ともかくも日本人にはほとんどないものを持っていると勝手に意識しての発想だ。
そこで、本当に気になったのが日本からのブラジル移民の心労と辛苦だ。


こんなブラジルに、生まれて始めて着いた途端に聞いたのが、今度の大震災の発生だった。夢が白ける、とでも言うのだろうか。
空港を出て(税関の辺りから出口までテレビは無かった)街中に入り、最初に入ったレストランの大型テレビで、洪水に流される自動車や家屋の「群れ」を見た。
でも、どうしても実感がつかめなかった、というのは嘘だろう。実感したくなかったのだと思う。
異国で見る母国の姿も、何かしら空々しい、という思いに駆られたかったのかも知れない。


それはそれとして、こんな話が週刊誌に出ていた。
「…ブラジルに行った人の話では、渋めの色の服がブラジルでは着られなかったらしいよ」
これが「太ったから」という話にすり替わっていたが、途中で、
「…渋い色は強い光の下では汚らしく見えるから原色じゃないとダメなんだって言っていたけど…」
という他人の説明があり、そこに妻が結論づけて、
「…光が強いとコントラストが強すぎて、微妙な色合いが分からなくなってしまうのよ」
と流れて行き、谷崎潤一郎の「陰影礼賛」の話が出てきたりする。(週刊文春4/28号「ツチヤの口車」土屋賢二


引用が通俗的だが、大震災で照明が変わったという話の流れで、テーマも「薄暗い」である。ブラジルと震災が繋がっていて、このブログの流れに合っているので、妙に記憶に残っていたのだ。
もっともらしいが、正論かどうか自分では判断出来ない。
それに、それほど原色だったかというと、それほどでもなかったような気もする。


主にポルトガル人の移植(要確認)によって近代化してきたのが何をもたらしたのか、何か、あらゆる物の混淆がそこにあるという印象で、まとまりがつかないが、それぞれが勝手な深みを持っている、という印象なのだ。
それにしても、僕はこの国のことをあまりにも知らない。


●●5月15日
今度は、朝日新聞本日号。脱貧困がこの国のテーマだとは、この記事で確認した。
「ファべーラ」と呼ばれるスラムの問題が1頁にわたり特集されていた。
フーン、これか、という気もする。
異常な密集感。かすかな異臭はゴミ処理の問題か。
「リオは海岸と傾斜に囲まれた旧首都。市内にファべーラが1千カ所あり、632万人の2割近い100万人が暮らす」と記事に。


●●●5月22日
あー、何か解ってきた。
ここは常夏に近い国だった。一年中、20度Cから26度当りしか温度変化がない。日本では考えられないような季節の無変化。人間も変わる(変わらない?)わけだ。
そう言えば、あのムッとするような雰囲気は、熱気であり、そこにあらゆるものが気を吐いている状態なのだった。


実はこの時期、カーニバルがある。
事情を知らない外国人が一人でノコノコとカーニバル見学に出かけるのは非常に危険なのだそうだ。毎年、殺人や人身事故が少なからず起きているという。
それだけ熱気と狂気が混ざっていれば、殺人など当りまえなのだろう。
総身羽毛のインデアン・ルックの、100人以上かと思われる大編隊が近付き、わずかに見える眼の周りを見ても、真っ黒な皮膚にぎらつく瞳が飛び込んでくる。
ここには黒人も白人もいる。黒人と言ったって、アフリカとは違うのだろうし、こっちは何も解っちゃいない。ブラウン系現地人らしき人達も多い。インディオなどの原住民なのだろう。


●●●● 6月13日
カーニバルを見ていて、2倍楽しめた。
見物する方の側も踊り出すのだ。 特に私のいる前の最前列席は地元の金持ちの席らしい。すべて白人だった。(我々の居た指定席は、観覧席の後ろでフェンスで囲われていて、千人単位ぐらいのブロックになっていて、チケット無しに誰でも入れるというわけではない。だから売店も、トイレも各ブロック内にある)。


明け方5時位までやっているからだろうが、なかでも途中から、男友達数人と入ってきた2〜3人の若い女性のグループの一人はとびきりの美女だった。
金髪に金糸の入ったような光るベージュの、ノースリーブでミニスカートのワンピースしかつけていない(ように見えた)見事なボディラインで、段々興が乗ってくると体をくねらせ始め、ついにはベンチ椅子の上で踊り始めた。
踊りが特段うまいというわけではないが、このまま映画のシーンでもおかしくないほどの出来。廻りも踊っているので、彼女だけが目立つというわけでもない。しかし、この日、この夜にために、辺りをはばからず、自分の気持ちに素直に乗ずる、その心意気に感動した。
おかげで、ビデオカメラも廻しているのだから、至近景、近景、遠景と眼の移動が大変で、大変疲れた(笑)。


なるほど、この国は面白い。ダイヤモンドもガラスの破片も一緒に散らかっているような感じ。レストランの前では、マジックテープで作ったひもがそのままハンドバックになる仕掛けを見せながら、いつ来るとも判らない客を求めて立ち続ける黒人の女がいたが、商品がすでに汗臭そうでとても買う気にならなかった。


●●●●●6月19日
古いブログをチェックしていたら、2007年3月26日付けの記録に、ちょっと関連した部分が出てきた。
「日本の誇り? 杉本彩」という記事で、ブラジルで踊ってきた彼女の踊りを、きれいだと書いたものだが、ストーリーとして、上の美女の記述にオーバーラップするものがある。

更に、同年4月24日に「美的感性的表現要素としての肉体の位置」というくだりがある。肉体に関して、イタリアでの体験が示す彼我の差が問題とされている。


●●●●●●6月24日
2010年9月18日に『「エアフォースワン」と「瞳の奥の秘密」』という記述がある。これはアルゼンチン映画の評なのだけれど、その奥にあるものは、何かしら、これまでに述べたブラジル移民にあるものと類似する部分がある。


(ブラジルを意識するために、想い出しにつれて、追記してゆきたい)