オリンピック・エンブレム騒動●

          ●印部:TVを見て後から追記



ここにもある、デザイン主体表現の選定方法の不明確性



オリンピック・エンブレム(と言うのだろうか)がベルギーの劇場のマークと似ているどころか「真似だ」として提訴されそうだという。


個人的な感想では悪い作品ではない。時代性も、日本性も、視認性も出ている。
偶然、今朝の特ダネ番組で、デザイナー本人が出てきて抗議するのを見た。面識もない人で、いわば新人としても、そのこと自体はむしろ歓迎したい。ただプレゼンテーションの場としては、もうすこし「見せることへの注意」をお願いしたい(直感的に?この人デザイナー?と感じさせるものがあるし、同じような感想の周辺の意見もある)。それにしても誰(たち)が、どう選任されてこの作品を選んだのだろう?
●今夜の「深層ニュース」番組に森氏が出席。いくつかのことが判った。104名かの応募があって、審査委員会(らしいの)が選定、それに森氏(ら)の2度ほど修正依頼に佐野氏が答えて出来たものだという。だから変える気はないし、変える必要もない、と言うもの。審査委員会だったのか、それが最初から競技場の決定で揉めたあの場である「調整委員会」(と森氏)だったのかは確認できなかった。
善意なのだろうとは思いたいが、森氏の発言には「皆で決める」ということによって責任分散を計っているという姿勢への強調が随所に見えた。
周辺からの「自分の意見を言うのは森会長の前でははばかれた」という心理のことは一切問題にされていない。さて、どっちが悪いのか。アナウンサーも、こういう心理にまで立ち入ってえぐりだしてはいない。「この番組に出る」ことへの合意条件か。●


まず、「似ている」から「真似だ」とする議論だが、制作側の立場から、一般的に考えられることを類推してみよう。
普通はマーケット・リサーチなどしてデザインするわけではない。自分の設定する条件 (具体的には、まったく新しい形で日本文化を現すものを高いセンスでとか、前回の東京オリンピック時の亀倉雄策の仕事に負けないものをとか、サイズ条件を考慮して視認性の高いものを、など)から始めて、サブ条件 (東京のTを意匠化して使おうかとか、パラリンピック・エンブレムとの整合性はとか、日の丸のマークを入れるかとか、オリンピック・マークの取り込み位置、字体の選定など)を考量して進める。
出来た時に公共性の高さによって、商標権の問題から、似たものがないか調べるということがあるし、必要だが、聞いていた限りでは、このベルギーマークは商標登録されていないらしい。となると、現場で見たと言うのでなければ知ることも出来ない。見ているかどうかは水掛け論になる。デザイナーの佐野某氏は、実際、ベルギーには行ったこともないと言っていた。


言ったように「日本の」デザイナーなら普通は、何かを見てマネしようとして始めることはない(と信じている)。印象に残るイメージがあっても、そうであればこそ、出来るだけそれに似ていないように計るものだ。
純真にいい仕事をしようと思って努力してきた日本のデザイナーたち、しかもモノ溢れ、イメージ溢れのこの国で差別化に夢中になっている時に、意図的なマネは考えられないと言っていい。
残念なのは、Tというシンプル英字体を使おうとしたときに類似性が生じやすいことだ。佐野氏は、発想の原点となる初期スケッチなどを提示して、画面分割や真円の幾何学的配分への苦労などを説明すべきだろう。


権利保護や利権にはうるさく、さとい国際情勢にあって、自分の仕事に自信があるなら、一歩も引いてはならない。
確かに日本人はお人好しで、「やはり似ているなぁ。まずいんじゃない?」などと周囲やメディアが言いだしたら、もう負けだ。


ただし、どこでどうやって、このエンブレムが決められたのか、まったく知らなかった。(ちょっと恥ずかしいが、これでもデザインNPO法人の理事長だ。)国立競技場の問題と似ていて、デザイン決定の主体者がはっきりしていない問題だ。
前のオリンピックの時には、デザインがまだ啓蒙時期にあって、出たがり屋であっても(事実、出たがり屋の戦いでもあった)、本気でデザインの価値を問題としていた者たちが頑張った。分野も不確定で、建築、インダストリアル・デザイン、グラフィック・デザイン、絵画や彫刻から関わり合い、ばらばらではあったが、美とデザインへの高い見識を持つ評論家としての勝見勝が、その論理と意思で全体をまとめようとして計り、結果的にそれが成功した。今、思うに、当時は役所も自分たちはデザインがわからないからと、デザイナー、建築家たちに思いきり任せたということかも。それだけデザインも認識が一般化しない分だけ、専門性が高かったということもあろう。もちろん、これも今では衆議一致するだろうが、あのころの、面白ければ、新しければ何でもやっちゃおうという気風が前向きに動かしたということはある。
それが今は、デザインのデも判らない(と思われる)政治家や役所間の権限配分のような問題に成り下がっていると見えるところに混乱の核心があるのだろう。選ばれた建築家は逃げ、シンボルやマークはどこでだれが決めているのかわからなくしている。見えるものへの決定には誰も責任を取らない。それは言葉や論理、あるいはは数字(データと統計)では決められないことへの文化的欠如の証だ。そこにも、時代の最先端性把握という「感性」(言葉でない思考の回路)はあるのだ。


下手をして「相変わらず日本人はマネする国民だ」から始まって「東洋人はやはり・・・」などとされたら、たまったものではない。
裁判に訴えると言うなら、選定してここまで来てしまった以上、「どうぞ訴えてください。我々は堂々と戦います」と言うべきだろう。