CJM@「イタリアと日本」5講と6講

【情報・論】

二回続けて記録します。



「イタリアと日本」何が見える?  第5講  オペラ型人生ドラマ           20091110


この夜、話したことは、まずオペラのアリアを聴いてもらったことから、すんなり本題に入った。

聞いてもらった曲は、すべて1959年(昭和34年)と61年(同36年)に来日した、第2次、及び3次のイタリア歌劇団公演中に開催された慈善演奏会東京公演からの名唱の抜粋だった。こんなに古いのに,古いとは感じさせなかった…さすがにオペラも芸術。

聴いてもらった曲は、
プッチーニ:「トスカ」 星はきらめき(CAVARADOSSI)歌:フェルッチョ・タリアビーニ
プッチーニ:「ジャンニ・スキッキ」 わたしのおとうさん(LAURETTA)歌:アルダ・ノニ
ヴェルディ:「リゴレット」 女心の歌(IL DUCA MANTVA) 歌:ジャン二・ポッジ
プッチーニ:「蝶々夫人」 ある晴れた日に(BUTTERFLY)歌:ガブリエラ・トゥッチ
デ・クルティス:「帰れソレントへ」歌:フェルッチョ・タリアビーニ
ディ・カプア:「オ・ソーレ・ミオ」歌:マリオ・デル・モナコ

よく聴いた、ということで、最近はほとんど耳にしていなかったが、こういう機会があると、また新しい感興をそそる。
改めて言う必要があるのは、他にジュリエッタ・シミオナート、レナータ・テバルディらも歌っており、当時、そうそうたるメンバーが来日していたということだ。
出席者の皆さんも、すっかり「その気」になったようで、音楽の魔力にはあらためて感心した。
マリオ・デル・モナコの「オ・ソーレ・ミオ」は、会場の割れるような興奮のブラボーと拍手で包まれていたが、これほど野太い大声のオ・ソーレ・ミオ絶唱となると、子供っぽいが、やはり心が震える。


オペラのアリアを聴くのは、実は単純に音楽鑑賞のためではない。
イタリア語の歌詞とその日本訳も全部つけた。
すると、そこには声だけでは分からない、意味深な感情が湧いてくるのだ。それは今夜のテーマ、「オペラ型人生ドラマ」の分かりやすいサンプルになってくる。
「ある晴れた日に」の歌詞は、蝶々さんの心情から歌われていて泣けてくる。
「女心の歌」を始め、多くは男女のもつれを唄っているが、大の男が相手構わず恋し、喜び、悲しみ、泣き叫ぶのは、どうも日本的にはみっともないけれど、そんなことを言ってはいられないのだ。


私的な話になるが、一時、一緒に生活をしたことのある女は、自分が青春時代に受けたらしい恥辱がぬぐい去れずにいた。激越な体験は、良きにつけ悪しきにつけ、自分を苛む。それは日常生活の中で、折々にむっくりと鎌首を持ち上げてくるようなのだ。
経験から言うと、イタリアで日本の男がうまく生活できるか、なかなか難しい。イタリアの女性はなかなか強いし、日本人が良質なイタリア女性にめぐり合う可能性はそんなに高くないようにも思える。また、それでいて一方で生活は以外とコンサーバティブで、日常生活のパターンを変えたがらないということもあり、結婚にも同じ考えが持ち込まれるようだ。


在職中に所長のバルトりから聞いたことだが、一般にイタリア人は嫉妬のコントロールが難しいらしい。
それは日本人でも同じかも知れないが、紳士である彼が言うのだから真実味があった。喜怒哀楽が激しい分だけ、嫉妬も大きくなるのかも知れない。だからオペラ的な、切った、張ったが身近にあるのは当然かも知れない。


だろう、かも知れない、という話が多くなるが、職業柄もあるし、人間、しかも国語の異なる関係がそう簡単に解るものではない、と言いたい。実際日本人同士でも、妻の本性がわかるのは定年になってからだったりするではないか。




「イタリアと日本」何が見える?  第6講  美のサポーター             20091117  大倉

(当日レジュメより)


1.イタリア人は「文化で売るしかない」と自覚している。

2・文化を支えるのは、国民の1割くらいか。ところが彼らが、一般に趣味が良くカネも持っている。

3・モンテ・ナポレオーネ通りのニットの店の想い出ほか。

4・カネを持っていなくても、元領主だったり地主だったりする。

5・成金もカネが出来ると文化的な事業につぎ込み始める。

6・もとより、自分の人生を美しくするために生きるのだから、他人に強制されることがない。自然と自省、内省に向かいやすい土壌がある。

7・自然もまちつくりも、おのずとこの視点から見て和んでくる。

8・そこにゆくと日本人は、他人にどう見られるかを気にして生きてきたので、基準は自分の心に無く、外部にあることになる。これが、行為を科学化しやすい人間には居場所をみつけやすいが、芸術系の居場所がないことを示していないか。

9・こうしてイタリア人には、潜在的な「美のサポーター」の居場所が、いわば先験的に与えられていることになる。

10・「美のサポーター」はこういう地盤の上に、意識的に、あるいは無意識的に、美を人生の、そして事業の目的としやすいし、そのように狙いやすいことを窺わせる。そのことによって「美のサポーター」の存在が顕在化してくるのだと考えられる。

11・あらゆるところに見受けられる「美のサポーター」たち。特にファッション系にあっては。

12・日本では、気付かずに必死でやっている人以外は、一般に芸術家は白けきっているのではないだろうか。

13・明冶になって、江戸にあった文化も伝統も切り刻んできたのが今日の姿。

14・日本に在って必要なのは「勝ち組」社会でなく、「価値組」社会(用語は森永卓郎)だが、森永はこの地盤のない国で価値を生み出す積極的な方法は説明していない。

15・経済的な対価で全体的に保証されなければ、いつまでも下請けにならざるを得ない。国策的な問題であるのは明らかであろう。